Category:稲門会

2006年04月13日

早稲田大学応援部稲門会 平成18年度第1回学年幹事会

4月12日(水)は早稲田大学応援部稲門会の平成18年度第1回学年幹事会。
役員、学年幹事のほか、125周年募金委員やホームページ委員にも呼びかけがあり、比較的多数の参加者があった。議題も多岐に亘り、長時間議論を尽くしたという感がある。
内容までは記せないが、議題・報告は記憶の限りではおおよそ以下の通りだった。
  • 平成17年度事業報告案及び決算案の件
  • 平成18年度事業計画案及び予算案の件
  • リーダーコーチ人事の件
  • 推薦会員の件
  • 平成18年度総会開催の件
  • 稲門元気塾開催の件
  • 125周年募金の件
  • 東京六大学応援団連盟の件
  • 新入部員を中心とした現役の状況の件
  • 会費納入対策の件
  • 稲魂発行予定の件
  • 早稲田大学125周年応援歌の件
  • 吹奏楽団新常任指揮者決定の件
  • 公開授業「早稲田を知る」と早稲田大学校歌研究会の件
特にこの中でシリアスな問題は会費納入対策だ。私が感じているのは、会費の制度設計自体の誤りであり、これに踏み込まない限り根本的な解決には至らないだろう。
年金制度問題で論点になる「世代間格差」に似た問題が、制度に内包されているのだ。この点はきちんと指摘していきたい。

さらに、私より一回り上の年代以上の参加者しかいないという問題や、吹奏楽団出身者がほとんど出席していないという問題はもっと根が深い。しかし現状の組織体制を考えるとこの課題に取り組めるのはまだ先だろう・・・。


会議の後は懇親会。
高田牧舎」「志のぶ」「丸八」と3軒を梯子して帰宅。

2006年04月09日

早稲田大学創立125周年記念・校友会寄付講座「早稲田を知る」公開授業のお知らせ

早稲田大学オープン教育センターの公開授業「早稲田を知る」が行われる。
昨年度は片山 尚氏(故人)を講師に迎えて行われた授業が、今年は(株)ハンズオン・エンタテインメント社長の菊地 哲榮氏を講師に行われる。
お時間のある方は、是非聴講頂きたい。
  • 名称:早稲田大学創立125周年記念・校友会寄付講座
    オープン教育センター授業「早稲田を知る」公開授業
  • 日程:前期4月27日(木)、後期10月19日(木)
  • 時間:18:00〜19:30
  • 会場:早稲田大学14号館201教室
  • 講師:菊地 哲榮氏(校友・応援部稲門会)
  • 略歴:1967年度早稲田大学理工学部卒業。在学中は応援部に所属、代表委員主務。2000年応援部創立60周年記念事業実行委員長。 現在、(株)ハンズオン・エンタテインメント代表取締役社長 (社)音楽制作者連盟理事 (社)デジタルメディア協会理事 早稲田大学メディアネットワークセンター講師
  • 出演:早稲田大学応援部
※校友・一般聴講可能。入場無料・予約不要(先着順)。リーダー、チアリーダーズ、吹奏楽団。早稲田大学応援部が勢揃い。聞いて役立つ、見て楽しい公開授業。

2006年03月27日

学生環境NPO「環境ロドリゲス」の活躍について

3月24日(金)の卒業式前夜祭WASEDA YOUTH23のお手伝いをしてくれたのが早稲田大学学生環境NPO「環境ロドリゲス」の学生さん達だ。

この環境ロドリゲスは、いわゆる環境問題に取組む活動をする学生サークルである。大学時代にゼミ(公共政策研究の縣ゼミ)の同級生が参加していた(彼の研究テーマは「環境税」だった)ので、私は以前から知ってはいたが、一般には紙リサイクル可能な弁当容器「ホッかる」を開発したことで知られている。
この「ホッかる」は、株式会社秀英(本社:大阪)と環境ロドリゲス早稲田大学生協の三者が共働開発したもので、二層構造の容器。使用後は、内側のフィルムは燃えるごみ、外側の紙容器はリサイクルに回すことができるという製品だ。

今回お手伝いをしてもらったきっかけは、稲門祭2005環境対策活動を行ってもらったことにある。その時の担当者を通じて、今回の縁となった。誠にありがたいことである。
(稲門祭での活動の報告は以下のPDFファイルを参照「環境ロドリゲス会報 2005.前期〜2005.12」)

「啓蒙」の次のステージを目指して欲しい

早稲田リンクスのホームページで幹事長が答えているように、「学生が解決しやすい、身近なものに関係する企画を立ち上げる」ことが多いそうだ。
だが、私は学生にはもう少し別の観点も持ってもらいたいと思っている。

例えば、2005年3月下旬で20万人近い人が「チーム・マイナス6%」に参加している。十分とは言えないかもしれないが、「啓蒙」のステージはかなり進んだのだ。次の課題として「理論と実践との結びつけ」と「経済性との両立」の2つを私は挙げたい。

理論と実践との結びつけ

「理論と実践との結びつけ」は、啓蒙の次のステージでは絶対に必要になってくる。

例えば、リサイクルする際に発生する環境負荷を考慮した時に、捨ててしまった方が実は環境にやさしいということがあるかもしれない。資源の希少性を優先した時に、温暖化や生物多様性に影響を与えているかもしれない。リサイクルが実は自己満足に過ぎなかった、ということさえあり得るのだ。

こうした課題に対して、LCA(ライフサイクルアセスメント)プロジェクトという国家プロジェクトが発足されたり、日本版エコファクター「JEPIX(Environmental Policy Priorities Index for Japan:環境政策優先度指数日本版)の実践・普及を目指す「JEPIXフォーラム」が発足されたりしている。
こうした学術成果を研究・勉強し、分かりやすい形に翻訳して、社会に働きかけていくこと。学生であることが最も生かせるテーマなのではないかと思うのである。

私が初めて「環境会計」に触れたのも大学生の時、宮崎修行先生の簿記の授業を受けた際だった。

経済性との両立 〜企業の現実と正面から向き合う〜

もう一つは、環境問題の本質、「経済性との両立」だ。特に企業の環境活動は経済性との兼ね合いという大きな課題をクリアしなければ進まない。そして企業部門が占める割合は極めて大きい。
環境イメージ戦略に有効性を見出せる企業は少ない。また環境税や排出権取引が直接的に課題になるのも大企業が中心だろう。どうしてももっと直接的な経済効果が求められるのだ。

社会との中間点にいる大学生たちには、是非その現実に飛び込んで、解を求めて苦しくても模索して欲しいと思う。


上記の2点は、「理論」と「実践」の両方で、現在よりも一歩先のステージに進むことの私なりの提案だ。
そんな話を肴にして、卒業式前夜祭終了後に早稲田の「志のぶ」で飲んだのである。

2006年03月26日

校友会主催「卒業式前夜祭」

3月24日(金)は、早稲田大学校友会が主催で今回初めて行われた「卒業式前夜祭」に参加した。校友会費の徴収方法が変更になり、これに対してまずは新校友に還元しようとする行事で、リーガロイヤルホテル東京でのパーティと大隈講堂でのライブが行われた。

今回は、WASEDA YOUTH23として招待を受け、YOUTH23のPRを兼ねてパーティに出席した。このYOUTH23は、東京23区若手OB・OGの交流団体で、昨年は学内広報誌の早稲田ウィークリーでも紹介された。

デーモン小暮パーティは参加人数が多く、2回に分けて行われた。
第1回には、校友会稲魂賞特別賞を受賞したラグビー部の清宮監督も訪れた。
2回ともデーモン小暮による「早稲田の栄光」と祝辞があり、大変な盛り上がりを見せた。

校友会の代表幹事に新たに就任された瀬下明あいおい損害保険株式会社会長にもご挨拶した。代表幹事は、中堅ビジネスパーソンに役に立つ交流ネットワークをつくって行きたいとお話になった。例えば、営業、人事、経理・財務…などの機能別に組織化すれば、これまでにないネットワークになるという構想だ。とても強く共感できたので、是非実現に向けていきたいと思った。

2006年03月24日

早稲田大学校友会東京都23区支部大会/田原 総一朗氏講演会

2月11日の記事で紹介した早稲田大学校友会東京都23区支部大会が3月22日に開催された。今回私は品川稲門会の一員として参加した。

大隈講堂内部まず第1部は「エクステンション講演会」として、田原 総一朗氏の「日本の外交と経済」という講演を聞いた。
少し長くなるが、話の内容はおよそ以下のようなものだった。
いま政治がつまらないのは、民主党がだらしないからだ。
理由の一つは、自由主義経済を前提としており本音を言えば自民党と変わらないから。
もう一つは、何かを言うと党の中で足を引っ張られるからだ。メール問題で永田議員が辞職しない状況に対して、鳩山幹事長、前原代表とも、何も言わず、責任を取らなかった。

しかし、このメール問題は実は自民党にも影響している。
話はポスト小泉のことである。安部官房長官に対して、福田元官房長官が急速に追い上げているのである。
前原代表が民主党を率いる際のキーワードが「世代交代」だった。安部官房長官はこの流れに乗っていた。だが、今回の騒動で、「世代交代」が危ないのではないか、という動きが出ている。
さらに、財界からは中国問題を重視するためには、安部氏よりも福田氏という声が強くなっている。

中国というのは非常に複雑な国で、先般も中川政調会長と二階経済産業大臣の待遇に差をつけるという行動に出た。これには、中国の国内問題が絡んでいると見ている。
胡主席は軍を掌握していないので力が弱い。本当は日本と仲良くしたいのだが、内政上の都合で外に敵を作る必要がある状況なのだ。中国国内では、インターネットの普及により貧富の格差が認識されるようになった。これに対して各地で暴動が起きるようになっているのだ。このような内政状況で、アメリカを敵に回す訳に行かないので、日本を敵として強く出る必要があるのだ。
外交というものは、口と机の下が異なる、二枚腰・三枚腰が求められるものだ。

ところで、小泉首相が今一番やりたいことは、アメリカを公式訪問することだ。これまでは非公式訪問だったため、そろそろ最後のチャンスだ。
しかし、ブッシュ大統領は完全にレームダック化している。この状況で首相が訪米すれば、「牛肉を買え」「イラクから撤退するな」と言われてしまう。だから実現は非常に難しいのだ。
アメリカは、実は第二次産業が弱く、最大の輸出産業・目玉商品は牛肉なのだ。中間選挙を控えた今、人気取りのためには「牛肉」になる。
さらに、イラク戦争の大失敗がある。次の大統領選挙で民主党はヒラリー・クリントンが出てくるだろう。これに対して共和党はチェイニー副大統領がスキャンダルで難しくなった。しかし、強力な候補さえ立てることができれば共和党候補が勝つのではないか。泥沼化したイラク戦争にケリをつけられるのは、タカ派だというのが相場だ。

イラク戦争の失敗は、フセインをつぶしたことだ。フセイン(スンニ派)がいることで、イラン(シーア派)とのバランスが成立していた。それがフセインがいなくなったことで、イランが最強国になってしまった。アラブのバランスを崩してしまったのだ。イラクが失敗に終われば、アラブは全部駄目になってしまう。
この問題で稼ごうとしているのが中国とロシアだ。

経済という点では、先日東芝がウエスチングハウス(WH)を買収したというニュースがあった。
もともと原子力発電では、ゼネラル・エレクトリック(GE)陣営に日立と東芝がおり、WH陣営に三菱重工がいた。今回のWHの件も、本来であれば三菱が買うところだが、高すぎて買えなかった。そこで東芝が買ったのだ。
東芝は当然、原子力発電を中国で売りたい。しかし、現在の外交状況では売れないだろう。米国の特許で縛られている上に、中国は原子力をフランスから買っているからだ。

経済界が中国をどのように見ているか、経団連の会長人事から見る。
経団連の会長はこれまで、新日鉄・東京電力・トヨタなどが務めてきた。これに対してみればキヤノンは大した会社ではない。
しかし、御手洗氏の考え方に乗ってみようと、経済界のリーダーたちは考えたのだ。
御手洗氏は米国に20年いて、むしろ「日本的経営」を主張してきている。そして今、日本国内の大分に大工場を建設しようとしている。この背景には以下のような考え方がある。
まず第一に、マーケットとしての中国を狙う考え方だ。日本から素材・材料・部品を輸入して中国で組み立てる。部品は、日本国内でどんどん技術開発して、ブロック化して中国に輸出するのだ。だから、日本に工場を建設する。
そして第二は、10年後は日本で作った方が安いという考え方だ。製品に占める労務費の割合は1割以下に下がるはずだ。少子化の中で日本の産業を発展させるには、無人化を進め、ヘッドの部分を日本人が占め、ブルーカラーは外国人か下請けに任せる。
こうした考え方に日本が自信を持ったことが、今の景気回復につながっていると見ている。

実は、内容はさておき、非常に感心したことがある。それは田原氏が、聞き手を引き込む話し方の達人だということだ。
例えば、ここぞというときに小声になる。「理由は2つあります」と言って話し始める。聞き手の属性に合わせた(今回なら早稲田)話題の振り方をする。
テクニックとしてはよく言われることだが、ここまで上手く使いこなすと見事だ、と思った。非常に勉強になった。


その後、早稲田大学交響楽団の演奏を聞き、引き続き懇親会へ。
この頃天候が崩れたが、懇親会にもとても多くの参加者があり盛会だった。

2006年02月24日

「早稲田学報」10月号 特集:ワセダをたべる

ここ最近集中して紹介している「早稲田学報」。2005年10月号(通巻1153号)の特集は「ワセダをたべる」。


紹介されている店はおなじみのところばかり。

三朝庵(そば、うどん・馬場下)、金城庵(天ぷらそば・グランド坂下)、高田牧舎(レストラン喫茶・南門通り)、みづ乃(定食・グランド坂下)、稲穂(中華・南門通り)、ときわ(ランチ・大隈通り)、三品食堂(牛めし・カツ・カレー 西門通り)、ライフ(肉丼ランチ・西早稲田)、キッチンオトボケ(洋食屋ランチ・馬場下)、メルシー(ラーメン・旧早稲田実業通り)、志乃ぶ(おでん・グランド坂下)、茜屋珈琲店(喫茶・馬場下)、源兵衛(焼き鳥・早稲田通り)、いねやデリカ(西門通り)、ジャポカレー(大隈通り)、わせだの弁当屋(正門通り)、メーヤウ(穴八幡そば)、大隈ガーデンハウスカフェテリア、UNI.SHOP&CAFE125。

中では特に、高田牧舎の挑戦に着目した。


特集外の記事だが、茶漬け八十八楽(こめらく)を運営する株式会社ティー・ユー・ビー・アソシエイツの梅澤英行社長と高井悟専務のインタビューが載っていた。八十八楽は、ちょっとリッチなお茶漬けという新しい業態を開発した会社。
「会社を辞めて起業をしたのではなく、起業をしたかったから、ノウハウを身につけるために就職した」と言う姿勢に、共感を覚えた。


その他、政治経済学部公共経営研究科教授の縣公一郎先生の「休み上手のドイツ人」というエッセイも。私も彼らの生産性を見習うべきだろう。

2006年02月18日

「早稲田学報」12月号 特集:早稲田スポーツに学ぶ勝利のコーチング

先日から紹介している早稲田大学校友会のコミュニケーション誌「早稲田学報」。2005年12月号(通巻1154号)の特集は「早稲田スポーツに学ぶ勝利のコーチング」。


まずは、野球部監督・應武篤良氏、競走部駅伝監督・渡辺康幸氏、ラグビー蹴球部監督・清宮克幸氏、ア式蹴球部監督・大榎克己氏、競走部監督・磯繁雄氏(司会)の座談会から。特に先日18年ぶりに社会人を破った早稲田ラグビーの清宮監督の言葉には光るものがある。例えば以下のようなことは、経営にも当てはまると思う。
「一番大事なことは、伝統の力というものを見て分かる形で、プレーで表現できるようにしてやることです。(中略)基本的には部員が、一年生から四年生まで『全員こうしなくちゃいけないんだ』ということを理解して、それができるようにする。」
「学生たちは初めて聞いたことを、僕からこれが当たり前なんだと言われて、そのとおりにやると結果が出てくる……。それが積み重なってセオリーになるというイメージです。『世の中はこうかもしれないけれど、早稲田はこうなんだ』というスタイルをつくっていくというか。」


次に青嶋ひろの氏(プロフィール)による「トリノ五輪で注目したいフィギュア女子選手 『銀盤に咲く華たち』」。
五輪代表になった村主章枝(03年教育)、荒川静香(04年教育)のほかに、大きく取り上げられていたのが中野友加里(在学中)。この号発行後のNHK杯グランプリシリーズ初優勝を果たし、グランプリファイナルにも出場した。オリンピックへの出場はかなわなかったが、1月23日〜29日に行われた四大陸選手権でも2位に入るなど結果を出し、頭角を現している。
浅田真央とともに2010年バンクーバー五輪が楽しみだ。この記事で知ることができてよかった。


とても充実した特集になっていたと思う。
さらに、特集外ではあるが、アテネ五輪二冠の北島康介を育てた平井伯昌コーチへのインタビュー記事もある。
また、株式会社グローバルダイニングの長谷川耕造社長へのインタビュー記事も収録されており、一冊で何度も美味しい号だった。

2006年02月11日

「早稲田学報」2月号/田原 総一朗氏講演会のお知らせ

早稲田大学校友会が発行するコミュニケーション誌「早稲田学報」。

2月号の巻頭エッセイはサンプラザ中野「早稲田、幸せの歌。サンプラザ中野だー!」
特集は「豊饒の人生」。先般稲門元気塾の講師を務めてくださった野口烝治氏の「カリブの楽園」の記事も掲載されている。

その他の記事の中で、これぞ校友会の楽しみ方「わせだの基本10」というものがあった。正しい順序は分からないが、以下のようなことらしい。
  1. うまい酒をのむ。
  2. スポーツを応援。
  3. 知的に向上。
  4. 新しい出会い。
  5. 早慶の交流。
  6. イベントに参加。
  7. 後輩を応援。
  8. 校歌を歌う。
  9. 地域に貢献。
  10. 余暇を楽しむ。

さて、この2月号(通巻1155号)の表紙を飾っている写真は大隈講堂ロビー。この絵を見ただけで懐かしさが溢れる。柔らかな光を感じる写真だ。

この大隈講堂、2006年4月から大規模改修工事に入る。大隈講堂は早稲田大学21号館として東京都選定歴史的建造物に登録されている(No.4)。No.5は早稲田大学2号館(旧図書館)だ。現在は會津八一記念博物館として使用されている。使用しながら保存するノウハウを持った早稲田大学として、大隈講堂も適切に工事してほしいと願っている。

この工事前の大隈講堂を見る最後の機会として相応しい会があるようだ。早稲田大学校友会東京都23区支部大会 講演会・懇親会だ(早稲田大学エクステンションセンター共催)。以下に案内を転載する。

第1部 講演会
 日時 平成18年3月22日(水) 午後6時開会
 会場 大隈講堂
 演題 『日本の外交と経済』
 講演 田原 総一朗
    ジャーナリスト・早稲田大学特命教授
    早稲田大学「大隈塾」塾頭

講演会のあとに・・・
 演奏 早稲田大学交響楽団
  「世界に翔くワセオケ!−2006ヨーロッパ公演を終えて−」


第2部 懇親会 「白井総長を囲んで」
 同日 午後7時50分開会
 会場 大隈ガーデンハウス


参加費 第1部 一般公開(無料)
    第2部 5,000円(各区稲門会を通じて納付)

第2部への参加方法の詳細は各区稲門会にお問い合わせください。

2006年02月06日

2006年 品川稲門会新年会

2月4日(土)に品川稲門会新年会が開催された、はずである。会場は品川プリンスホテル新館宴会場24階「軽井沢」。

今回私は「週末起業」セミナーの主催者だったので、失礼させて頂いた。品川稲門会は役員会を含めどうも日程的に相性が悪い。

当日、「週末起業」セミナーの打ち上げの状況と新年会の進行次第では駆けつけようと思っていたが、会長にお電話した頃には既に終了が近いとのことで断念。鞄の中に忍ばせていた校歌のCDは活躍する機会がなかった。

バーチャルでも活動が行えるように、ホームページを作らないといけないな、と思いつつなかなか進められないでいる。今年の課題だ。

2006年01月23日

稲吹会・2006年新年会

1月21日(土)のホームページ委員会の後、早稲田大学応援部吹奏楽団のOBによる「稲吹会」の新年会が行われていたので、ホームページ委員会の若手のOB・OGとこれに合流した。

前回私が参加したのは2005年8月の暑気払い。この会には、もともと私が早稲田大学応援部吹奏楽団50周年式典・合同演奏の幹事役を務めたことを機に参加させて頂いている。主要なメンバーは早大応援部吹奏楽団の昭和40〜50年代卒業のOBだ。幹事の先輩が新年会・暑気払い・定期演奏会の年3回を定例化させており、今回も20人弱が集まって盛会だった。

会場は高田馬場の割烹「桂」。余談だが、絵に描いたような「コの字型」の宴会には、この会以外ではなかなか出会うことは少ない。

今回参加された吹奏楽団の新コーチからは現役の状況報告を兼ねた丁寧な挨拶があった。こうした中から活動への理解・支援が生まれるのだと思う。
私自身も、様々な活動を絡めて、参加者相互にメリットが出るように工夫して活動をつくっていきたいと思っている。

その後、先輩方は海産物居酒屋「さくら水産」高田馬場店1号店株式会社テラケン)へ。

ホームページ委員会の若手はまず、らあ麺「やったる」へ。癖が強くなく、万人に受ける味かと。さらにカラオケをして帰った。


<参考情報>当日の会議&打ち上げ会場
割烹「桂」(東京都飲食業生活衛生同業組合
TEL:03-3200-1509


2006年01月22日

早稲田大学応援部稲門会ホームページ委員会(第2回会合)

1月21日(土)に、早稲田大学応援部稲門会ホームページ委員会の第2回会合を行った。
前回の会合は10月1日(土)だったので、3〜4ヶ月ぶりになる。

前回、強力なパートナーと皆の協力を得ることができ、その後比較的順調に更新作業が進んだ。自分が全ての作業をしなくても、各自が主体的に作業を進めてくれる状況ができてきた。

今回の会合では、コンテンツ面での課題、運営・活性化面での課題、近い将来の技術面での課題が共有認識され、優先取り組み事項と分担が決定された。4〜5月に予定される第3回会合までに、これらの成果を出すことが求められる。

ホームページ委員会は、早稲田大学応援部稲門会の組織の中では、最も若い組織だろう。だから活気もあるし、やりたいと思ったことを何でも試してみることができる「プラットホーム」になっている。私自身、試行錯誤できる場として、十分活用していきたいと思っている。

ちなみに今回の会場はちょっと前まで喫茶「白ゆり」という伝説的な終夜営業の喫茶店だったところ。一同感慨。
会議終了後は、会費制で(とは言うものの先輩に多く持って頂き)打ち上げも行い、細かな意識のすり合わせなどを行った。


<参考情報>当日の会議&打ち上げ会場
・会議会場

・打ち上げ会場
※運営会社:株式会社ダイナック
 ほかにも「」「咲くら」「鳥どり」などを運営

2006年01月19日

2006年2月4日(土)に品川稲門会新年会を開催

来たる2006年2月4日(土)に、私が役員を務める品川稲門会新年会が開催される。
品川稲門会には現在ホームページがないのでここで告知する。参加希望の方はbussy@violet.livedoor.comまでご連絡ください。

品川稲門会新年会

月日:2006年2月4日(土)
時間:18:30〜20:30(30分前受付開始予定)
場所:品川プリンスホテル・新館宴会場24階「軽井沢」
会費:1万円
備考:ビンゴの商品をご持参頂けましたら幸甚です。

2006年01月08日

品川稲門会の浅草七福神巡り

今日1月8日(日)には品川稲門会の浅草七福神巡りがあった。
私は仕事もあったので、昼食のみ参加した。
正月の3連休の浅草は、例えば早慶レガッタなどの機会に見たものとは桁違いに混み合っていて、活気に溢れていた。

昼食の会場は浅草みよし。約20人の参加を得て、ちょっとした新年会の様相。
新しい活動に関する意見交換もなされ、品川稲門会としては有意義な会になったのではないだろうか。

皆、全国大学ラグビーフットボール選手権の早稲田−関東学院戦が気になるので、早めの散会。その甲斐あってか、今日早稲田は見事優勝を果たした。

帰路では、初めてつくばエクスプレス(浅草→秋葉原)を利用した。
TXの浅草駅は、旧来の東武・東京メトロ・都営地下鉄の浅草駅とは全く違うところにある。
今日乗った感じでは完全に「地下鉄」だったが、いつかつくば方面にも乗ってみたい。

2006年01月04日

品川稲門会の箱根駅伝応援会

昨日1月3日は品川稲門会の箱根駅伝応援会だった。
懇親会場は北品川の品川女子学院カフェテリア、応援場所は同校前。

今年は若いメンバーの参加もあり、楽しい懇親会になった。会長からは今年は活動を充実させる年にしたいとの方針が示された。まずは役員会が最初の機会になるだろう。
若いメンバーを入れるのが先か、若いメンバー向けの活動を企画するのが先か。新しい企画を実現することが好きな若い人を探して、一緒に活動を創り、それを機にメンバーになってもらう方向だろう。

駅伝は、早稲田大学校歌・紺碧の空で応援したが、結果は今年もシード落ち。毎年最後までドキドキハラハラ楽しませてくれるのはいいが、来年辺りはそろそろ結果も出してほしい。
懇親会も最後に紺碧の空・校歌を歌って散会した。

その後、品川稲門会の幹事長のご自宅にお邪魔させて頂いた。恒例になりつつある新年会。奥様の手料理と久保田萬寿に舌鼓。年始めの語らいを楽しんだ。

品川稲門会の皆様、今年も宜しくお願いします。競走部の皆様、来年は宜しくお願いします。

2005年12月31日

年末の休息日、今年最後の忘年会

12月30日(金)は、ホーム&アウェイ方式の日だった。

まず第1戦。アウェイゲームから。
高校時代の友人2人と敵地田町駅で集合。行き先は敵の本拠地ラーメン二郎三田本店。所要時間は約1時間半。

第2戦は、高校のホームゲーム。
田町ハイレーンでボウリングを3ゲーム。毎回微妙な接戦を演じ、私の順位も毎回入れ替わった(3位→1位→2位)。
この日、田町ハイレーンでは1月1日2:00からフジテレビで放映のお笑いチャンピオンボウリング新春初投げスペシャルの収録が行われていた模様。年末までお疲れ様です。

ここでハーフタイム。
秋葉原でショッピング。友人はアヤシゲなパーツを仕入れていた。私は、中古のプロジェクターを個人用に買うかどうか悩み、この日に買ったら衝動買いになってしまう、と思ってやめておいた。
メイド喫茶を後学のために体験しようとしたが、二郎にも勝ろうかという長蛇の列に断念。またの機会にすることに。その後御茶ノ水に移動してお茶。

久し振りに「遊んだ」という感じがした。ときにはこんな時間も必要。


この日最後の第3戦はホームゲーム。
応援部同期の忘年会@高田馬場。会場の土風炉(高田馬場店)では、偶然1つ下の学年の人たちも忘年会をやっていて、結果として面白い企画になった。感謝。
帰りにルノアール(ニュー高田馬場店)に寄っておしゃべり。

これで今年の忘年会も最後。
あとは新しい年を迎えるだけとなった。

2005年12月20日

トランペットの先生を囲む会 〜涙の欠席〜

昨日12月19日(月)の夜には、大学時代にトランペットパートのトレーナーをして下さっていた先生を囲む会があった。

卒業後も、先生の所属する新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏は何度か聞いていたが、なかなかご挨拶に伺う機会も計りかねて、すっかりご無沙汰していた。

今回お会いすることを楽しみにしていたが、仕事で断念。やはり平日の設定には応じるべきではなかったか。無念の涙を呑んだ。

今でもこうして会って下さることはとてもありがたい。セットしてくれた先輩にも感謝(そしてドタキャンで申し訳ない)。次の機会を楽しみにすることにしよう。

2005年12月11日

結婚パーティ@ゼスト キャンティーナ 恵比寿

12月11日(日)は大学の先輩お二人の結婚パーティ。
会場はゼスト キャンティーナ 恵比寿

とても多くの人が祝福し、大きなパーティだった。お二人のお人柄がしのばれた。永遠の幸せをお祈りしたい。

私も皆と一緒に楽器を演奏したが、もの凄く大人数の編成で、きっとうるさかったことだろう。トランペットが10人近くいたし…。
個人的には練習からのプロセスを含めて十分楽しんだ。


最近、披露宴や結婚パーティが多く、ホテル・式場・レストランウェディング・ハウスウェディング・2次会パーティ会場などに興味を持っている。
今回の会場は、夕方から通常の営業が開始されるということでのあわただしさはあったが、大きい音にも問題がなく、演出も完全にオリジナルで創り上げられることができたようだ。


終了後、家族連れ(夫妻やお子様連れ)でご自宅に戻る人が多くて、周りの環境の変化を実感した。まだそうなっていない先輩とゆっくりお茶をして家に戻った。


<参考情報>
・会  場:ゼスト キャンティーナ 恵比寿(ZEST CANTINA EBIS)
      東京都渋谷区恵比寿1-22-19
・運営会社:株式会社グローバルダイニング(GLOBAL-DINING,INC.)

2005年12月10日

大田稲門会の異業種交流会「第4回勉強会」&忘年会

12月10日(土)は大田稲門会の異業種交流会「第4回勉強会」&忘年会だった。
私自身は品川稲門会なのだが、このメンバーにはいつもゲスト参加させて頂いている。

今回の勉強会のテーマは「都市に見る日本の文化政策−東京とパリの比較を通じて−」で、非常に強い興味を持っていたが、残念ながら仕事の作業で断念。夜の忘年会からの参加になった。

忘年会1店目は「遊庵」(大森店)。「SADAKATA!
俺はこうして成りあがった
」の貞方邦介社長の株式会社アルカサバの運営。
1店目は流石にややオフィシャル感のある会で、自己紹介をしたり、初めてお会いする方にご挨拶したりで、私にとっても意義のある会合だったと思う。

忘年会2店目はいかり亭(大森店)。いわゆる居酒屋。
ここに大学の同期に合流してもらった。
2店目では本音トーク炸裂で、裏も表もなく話し合った。私も品川稲門会で頑張らなくては。

そして3店目は同期と一緒にFoodiun Bar 一瑳大森店)へ。
「いつか飲もう」のままになっていた同期と飲む持てたのが僥倖だった。

2005年11月30日

一昨日 中小企業診断士稲門会総会

一昨日の11月28日(月)は中小企業診断士稲門会の総会だった。私は欠席だったが、安田平八会長から「新しい診断士制度改革について」の講演が行われた。このテーマは診断士の会合の中では至る所で取り上げられている。これに関連して、私も2006年2月4日(土)のセミナーの企画に参加しているが、診断士にとってはやはりタイムリーな話題で関心も高いのだと思う。

総会や忘年会の季節。平日の会合にはほとんど出席することができないが、参加している会には貢献していきたいと思っている。

名称:中小企業診断士稲門会総会
日時:平成17年11月28日(月)
   18:30〜21:00
場所:高田牧舎
   東京都新宿区戸塚町1-101
内容:
第1部 定時総会 
 議案1 平成17年の活動報告
 議案2 平成17年の会計報告
 議案3 平成18年の活動計画
 議案4 平成18年の予算計画
 その他 報告事項

第2部 講演会「新しい診断士制度改革について」
 稲門会会長 安田 平八

第3部 懇親会

昨日 早稲田大学応援部吹奏楽団第42回定期演奏会

11月28日(月)の記事でもご案内したが、昨日11月29日(火)は早稲田大学応援部吹奏楽団第42回定期演奏会だった。

演奏会自体には間に合わなかったが、終演後に私たちの代、1コ下、2コ下の代の3代の皆での飲み会になった。実は去年も定期演奏会終了後同じ場所で、飲み会になったのだった。今度ボリビアに行くことになった私の同期を囲んで25人の盛大な会になった。
何となく定例の行事にできたらいいな、と思っている。

<参考情報>

2005年11月28日

明日は早稲田大学応援部吹奏楽団第42回定期演奏会です。

明日11月29日(火)は早稲田大学応援部吹奏楽団第42回定期演奏会です。
特に進藤潤氏の指揮棒さばきに注目です。
お時間のある方はお立ち寄り下さい。以下、現役学生の案内から一部加筆の上、転載します。


早稲田大学応援部吹奏楽団
第42回定期演奏会開催のお知らせ

http://www.w-ouen.com
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
●日時
平成17年11月29日(火)開場:18:00 開演:18:30

●料金
前売り400円、当日500円

●場所
新宿文化センター 大ホール
東京都新宿区新宿6-14-1

●曲目
第1部 シンフォニックステージ
  イーストコーストの風景/N.ヘス
  マゼランの未知なる大陸への挑戦/樽屋雅徳
  ジャパニーズグラフティーIX〜いい日旅立ち
  組曲「宇宙戦艦ヤマト」 他
第2部 ドリルステージ
  ブロードウェイミュージカル「CATS」より 他

●指揮
進藤 潤(元航空自衛隊航空中央音楽隊隊長 早稲田大学応援部吹奏楽団常任指揮者)


☆2005年度、応援部吹奏楽団の集大成!☆

第1部、シンフォニックステージはクラシックとポップスの2部構成。
まずクラシックステージでは、「マゼランの未知なる大陸への挑戦」でマゼランが旅した大航海の世界へと、そして「イーストコーストの風景」では遥かアメリカ東海岸へと皆様をご案内いたします。
続くポップスステージでは名作アニメ、宇宙戦艦ヤマトから、選りすぐりの名曲ばかりを集めた、組曲「宇宙戦艦ヤマト」、そして伝説のスター山口百恵のヒット曲をメドレーにした、「ジャパニーズグラフティー4〜いい日旅立ち」で皆様を古きよき日本へとお連れいたします。
またドリルステージでは、現在好評上映中のミュージカル「CATS」の世界をステージ上で忠実に再現。「CATS」を見た事のある方もそうでない方も、必ずお楽しみいただけるステージに仕上がりました!

皆様お誘いあわせの上、是非お越しください!
感動のステージをお約束いたします!

演奏会HPはこちら:
http://www.w-ouen.com/band/regcon.htm

2005年11月14日

ゼミのOB・OG会 〜約100名が参加!〜

11月12日(土)の最後の予定として、大学のゼミのOB・OG会があった。

私が所属していたのはPPRS(Public Policy Research)と称する縣公一郎先生の公共政策研究ゼミだ。

OB・OG会は約100名が参加して盛大に催されており、企画・手配をする現役ゼミ生にとっても一大イベントだ。今回私は正式の一次会は知人の結婚パーティ出席のために失礼し、二次会終了頃に一部の出席者と合流できた。

学生時代は、私はこのゼミの中で中小企業政策を個人研究のテーマとし、政策の効果に対し批判的な立場から勉強していた。ただ、私は出席率と出席時の素行の観点から、とても不真面目なゼミ生だった。本人は結構力を入れようとしていたのだが…。

そんな私だが、毎年開催されているOB・OG会への出席率は高い。
その理由は、年一回でも各業界・世界で活躍している面白い先輩や同期や後輩に会って、話を聞き刺激を受けられるからである。

自分の成長のために、常に現状に満足せず、身を置く世界を変えたり広げたりすることを前向きに考える人の集団。なかなか得難いグループだ。
自分自身もこの中で埋もれてしまわないくらい、きっちり自分を高めていきたい。


<参考情報>
・一次会場

・二次会場

・三次会場

2005年10月29日

早稲田大学応援部稲門会幹事会

昨日10月28日(金)は、早稲田大学応援部稲門会の幹事会だった。仕事の都合で出席できなかったが、以下の内容が議論されたそうだ。

早稲田大学125周年募金委員会の中間報告
・新コーチングスタッフについて
・ホームページ委員会の設置について

新コーチングスタッフの皆様は、大変なお役目とは思うが、学生のために成熟した社会人の視点を与えて頂きたい。私自身が、かつてそうして頂けたことに感謝しているので。

ホームページ委員会の設置で、言い訳のきかない状況になった。早稲田大学応援部稲門会のホームページの運営を、集団管理体制の中で活性化していきたいと思っている。


幹事会の時間には間に合わなかったが、懇親の場にはご一緒させて頂いた。親子ほどに年令の離れた中に、いつも迎えて下さることに感謝している。ご馳走様でしたm(__)m

今回は特に、新しい出会いを頂けたので、私にとって特に有意義な夜となった。


<参考情報>
懇親の会場
定食「おかあちゃん

2005年10月19日

先輩の結婚パーティ&先輩との再会・酣觴

10月15日(土)3つ目の行き先は大学時代の先輩の結婚パーティ。このためにこの日はトランペットを連れての一日だった。

一日練習を休めば取り戻すのに三日かかると言われる。久しぶりでもスイスイ演奏できるタイプの人もいるが、私はなかなかもとのようには吹くことができない。だから、曲目は大したことのない応援曲・応援歌だったが、この一週間は何とか時間をやりくりして練習を重ねてきた。

このパーティには、本当に驚くほど大勢の人が集まり、そして皆が祝福していた。結婚された先輩方には幸せになってほしいと心から思うし、大きな力に見守られて、きっとそうなると確信を持った。


この日のもう一つの大きな出来事は、大切な先輩と再会し、2人で酒を酌み交わす機会を再び得られたことだ。時間と我を忘れて話し、そして飲んだ。
楽しかったこと、少し切なく悲しかったこと、そして何よりも嬉しかったことだけを覚えている。

次回が例え何年も後になったとしても、また同じように時間を過ごしたいと思う。



素晴らしい先輩たちとの、土曜日の夕方・夜、そして日曜日の朝だった。

2005年10月04日

早稲田大学応援部稲門会ホームページ委員会

去る10月1日(土)に、早稲田大学応援部稲門会のホームページ委員会の会合を持った。
なかなかコンテンツが充実しない状態のホームページを、前進させるための打ち合わせになった。

将来に向けた要望やアイディア、技術的な話・アイディア・可能性、セキュリティ等の運営上の課題、当面の運営体制など多様な内容を短い時間で話し合った。

今回は、皆のご協力と強力なパートナーを得ることができた。
これから具体的な成果につながってくるものと思う。

学生だった当時には、あまり接点のなかった先輩方とも、こうした作業を通じて親しくなり新しいアウトプットを生むことができることは本当に幸せなことだと思う。このような機会を頂けたことに感謝したい。


<参考情報>当日の会議&打ち上げ会場
・会議会場

・打ち上げ会場

2005年09月07日

品川稲門会総会

今日9月7日(水)は、品川稲門会の第15回総会だった。

基本的には、挨拶・事業報告・会計報告・監査報告・事業計画説明、そして懇親会という構成で、極めてオーソドックスな総会。会場は品川プリンスホテル新館の阿蘇の間。

今回の特別なこととしては、早稲田大学副総長から「最近の早稲田大学の国際化の取り組み」についてのご講演を頂いた。31枚にもおよぶスライドの資料まで頂き、詳細なご説明を頂いた。

今日は、もっと色々とお話したい方がいらっしゃったが、写真撮影係を務めていたので、あまり多くの方とお話できなかった。次の機会に、またお話させて頂くことを楽しみにすることとする。

会長からは、新規会員募集に注力する方針が示された。品川区に関係のある早稲田大学卒業生の方がいらっしゃったら、ご連絡・ご紹介を頂きたいと思う。
私にもホームページ作成の任を頂いた。一応、副幹事長を拝命しているので、少しでも貢献できるようにしていきたいと思う。

2005年08月28日

稲吹会の2005年の暑気払い@源兵衛

稲吹会2005年暑気払昨日8月27日(土)に稲吹会の2005年暑気払いに行ってきた。会場は、定番の源兵衛(西早稲田)

早稲田大学応援部吹奏楽団の昭和50年前後卒業のOBが、10人ほど集まった。(私は平成も二桁台の卒業だが。)
卒業から30年ほども経っても、前後の代を含めた交流が続いていることは素晴らしいことだと思う。メンバーの中では、卒業30周年の旅行も企画されているそうだ。


ただ、メンバーが固定化され、発展性のない状況に陥っているようにも感じる。何しろ若いメンバーは私だけなのだから。

年代間の断絶、異質なものを受け入れない排他性。
この根底には、もしかすると団塊の世代前後の層が持つ特徴があるかもしれない。

これはどこの稲門会も抱えている問題だろう。
昔話だけでなく、近況や未来のことを話し合える関係と環境と仕組みをつくっていきたい。
だからこそあの頃は輝いていたのだから。


※プライバシー保護のため、画像にはぼかし処理をしています。

2005年08月24日

早稲田大学浜松演奏会@アクトシティ浜松

浜松アンコール去る8月14日(日)に浜松のアクトシティ浜松の中ホールで早稲田大学浜松演奏会が開催された。

いつも通りまずホールについて触れるが、私にとってこの箱は吹奏楽世界大会ワスベ(WASBE:World Association for Symphonic Bands and Ensembles)が開催されたホールという印象である。1995年にアジアで初めてWASBEが開催されたのである。中ホールは1030人収容で、このような小さな演奏会には適したサイズだ。


この演奏会は、早稲田大学遠州稲門会の主催で、今年で3回目の開催になる。かつては早稲田大学遠州人会が行っていたが、途絶えており遠州稲門会が復活させたのだという。私がこの演奏会に行くのは昨年に引き続き2回目だ。昨年は応援部の夏合宿(10泊11日!)が近くで行われていたので陣中見舞いついでに行ったが、今年は仕事関連の用事と絡めての浜松行きとなった。

浜松デモスト開演前には遠鉄の駅前広場でいわゆる応援部デモスト(デモンストレーション)が行われ、開演第1部が校歌・応援歌紹介ステージ、第2部がメインイベントの吹奏楽ステージという構成だ。曲目は、コンクールの課題曲と自由曲のほか、A列車で行こうやサザンオールスターズ・メドレーなど馴染みのある曲だった。

演奏内容は、まだまだ課題の残るものだったが、遠州の方々には早稲田大学を感じたり思い出して頂く機会になったと思うし、部員にとっても貴重な「本番」の舞台だったと思う。

2005年08月05日

石井連藏氏講演会「飛田穂洲先生と私」を聞いて

去る6月19日(日)に早稲田大学応援部稲門会の平成17年度総会があった。
この記念講演として、石井連藏氏のお話を聞いた。演題は「飛田穂洲先生と私」。

最初に正直に言っておくが、私個人は石井氏にも早慶六連戦にも特別の思い入れはない。早慶六連戦は凄い戦いだったのだろうと思うが、直接知る訳でもないし、石井氏の現役時代も監督時代も知らない。
まして飛田氏に至っては、全く頭の片隅にもなかった。


石井連藏氏は、早大野球部で主将・投手・4番として活躍し、精神野球をモットーとした鬼の監督として伝説の早慶六連戦を戦った名将、らしい。

講演は、石井氏による飛田氏に関する話である。
このような総会の場で聞くことがなかったら、恐らく自分で積極的に聞きに行く講演ではなかったと思う。


飛田 穂洲(とびた すいしゅう)。茨城県出身(水戸中学)、1886年12月1日−1965年1月26日。穂洲は筆名で、忠順という。読売新聞記者、早大野球部監督(専任コーチ)、朝日新聞記者。監督としては早稲田大学の黄金時代を築き、記者としては野球評論を展開した。1957年、野球関係者として初めて紫綬褒章を受章。アマ球界から野球殿堂入り。学生野球の父と言われる。


石井氏は、早慶六連戦のことなども飛田穂洲との思い出に絡めて話してくれた。
その他にも飛田穂洲との関係性を示すようなエピソードをいくつも紹介してくれた。
例えば、早慶六連戦の後3年間勝てずに、監督を辞めることにされた時の話。飛田穂洲には相談せずに辞めてから、穂洲を訪ねたそうだ。
すると穂洲は昼間からコップ酒を飲んでいた。石井氏は謝ったが、顔を見てくれない。
そして言ったそうだ。
「お前、俺が何を考えているか分かるか?」
「俺もお前と一緒に野球を辞めようかと思うんだ」


私が感動したのは、こうした個々のいい話の数々ではない。穂洲没後、既に40年が経っている。それなのに師に思いを寄せ、熱く語り、今でも涙する石井氏。その師弟関係は、本当に得がたい関係だったのではないかと思ったからであった。



<参考情報>
発見!いばらき「ゆかりの人々」
早稲田大学 キャンパス点描「野球部の歴史を語り継ぐ」


<関連書籍>
おとぎの村の球(ボール)投げ(石井 連藏)
球聖飛田穂洲伝(神門 兼之)

2005年08月04日

早稲田大学125周年募金について考える

去る7月27日(水)に早稲田大学応援部稲門会の学年幹事会に参加してきた。
今回の議題は早稲田大学125周年募金について。応援部稲門会としてこれに協力していくための具体的な方策についての話し合いが持たれた。

話し合いの内容は、どのように会員に募金動員をかけるか、という点に終始していた。
ここでは125周年募金について改めて考えてみたい。


1.募金事業の基本姿勢について
そもそもなぜ校友の私たちが募金をする必要があるのか。なぜ応援部稲門会として募金活動を行わなければならないのか。
大体私たちは在学中、学費を納めていた。その資金で大学は施設等を充実していくのではないのか。確かに過去の先輩の篤志のおかげで、充実した学生生活を送ることができた訳であり、そのことには感謝している。しかし、そうした寄付を前提として大学運営が行われるのは姿勢として間違っていないだろうか。
現在の姿勢がそうだと言っている訳ではない。募金事業には相応の覚悟を持って臨んで頂く必要があるということだ。


2.応援部稲門会における125周年募金の要件
応援部稲門会で125周年募金に協力するためには、以下の3つの要件を明確に満たす必要があるのではないか。

(1)大学の活動への賛意
応援部稲門会として、大学の活動に明確な賛意を表明することが、求められる。「大学のやることには何でも賛成」ではなく、具体的にどんな活動を評価して募金に協力するのかを明らかにしなければならない。

(2)他の募金ルートとは違った独自の意義
多くの会員は、地域稲門会や職域稲門会、学部経由の寄付も求められている。応援部稲門会には、それらのルートとは異なる独自の意義が求められる。

(3)応援部指定寄付を超える、または別のメリット
ストレートに応援部を応援したいのであれば、直接支援を行えばよい。また控除を受けるメリットを得るのであれば応援部指定の通常寄付を行えばよい。125周年募金に応援部稲門会として協力するのであれば、上記とは違うメリットを訴求するストーリーがなければならない。

これらの要件については、募金委員会で十分に検討してもらいたいと思う。


3.大学の募金活動への2つの提案
もし現在目標として掲げているような金額を寄付しようとするのであれば、大学の募金活動をよりよくするための提案をすることを考えてもいいと思う。そこで、私は個人的に以下の2つを提案したい。

(1)募金の単位をプロジェクト毎にする
現在の募金システムは、125周年記念事業全体に対する寄付の形を取っている。これでは校友は個々のプロジェクトへの賛否の意思表示ができない。そこで事業単位での募金システムとすることを提案したい。
コーポレート(ユニバーシティ)ファイアンスからプロジェクトファイナンスの考え方への転換である。校友は、自分が賛同できると思う事業に寄付を行うのだ。
これによって以下のような効果が期待できる。
  • プロジェクト同士が競い合うことによって事業の質が向上
  • 事業収支も含めた説明責任の明確化
  • 校友が必要と思った事業・校友がお金を出したい事業の優先選択の実現
    (他に大学が必要と思う事業があれば自己資金を使えばよい)
  • 寄付を行った校友による強固なサポートの期待
例えば、私は大隈講堂の再生プロジェクト指定であれば、是非寄付をしたいと思う。


(2)ユニバーシティファイナンス部分へのマニフェストの導入
個別事業単位では実現できないような総合的な取り組みや全体に対する寄付に関しては、大学側が詳細なマニフェストを作成し、検証可能な形で説明すべきだ。
例えば、この中に「競技スポーツセンター所属の体育各部(大会に参加しない部を含む)の活動支援に○○円の資金を投入し、活動の強化を図る」などの記述があれば、応援部稲門会としての募金に協力するインセンティブとなる。


4.終わりに
「募金をするのは当たり前」という雰囲気の押し付けでは、建設的な議論はできない。応援部で私たちが学んだはずのことは「相手の立場になって考える」ことだ。

例えば、心が早稲田大学にある人(極論すればアイデンティティを早稲田大学に依存している人)と、単に自分の通過してきた場所と見ている人ではスタンスが違う。さらに応援部という部活動に対する思い、あるいは応援部稲門会という同窓会組織に対する思いは、やはり人によって全く異なる。
大学への思いを持つ人が5割、応援部への思いを持つ人が5割、稲門会への思いを持つ人が5割だと仮定しても、0.5×0.5×0.5で12.5%の人しか全ての条件を満たす人はいない。

大学の芳名録に名前を残したいという名誉欲、慶應義塾に負けたくないという敵愾心、応援部は他の体育各部にまさる寄付をしなければならないという義務感。これらを私は全く理解できない。
黙ってお金を出すことを喜びと考える人や、簡単に募金資金を出せる人は、出したらよい。しかしそうでない人への配慮を欠いた募金活動は実を結ばないだろう。


募金することありきでない意義のある議論を積み重ねていきたい。

2005年07月27日

稲門YOUTH23という若手の集まり

稲門YOUTH23という若手の集まりに参加している。大田稲門会にお邪魔することになったのも、この稲門YOUTH23がきっかけであった。

この会は、東京23区の稲門会から若手有志が集まって活動しているものだ。各区から参加している世話人の方々(連絡幹事)が、企画して運営して下さっている。

私は稲門会活動を「プラットフォーム」と捉えている。その上で、どのような企画も立てて実行することができる舞台。それは品川稲門会でも応援部稲門会でも中小企業診断士稲門会でも同じだ。

正直に言ってこの稲門YOUTH23が発足したとき、「やられた!」と思った。プラットフォームを拡張し、その上に企画を乗せる動きそのものだったからだ。
各稲門会は高齢層が中心となっていて、若手が素直に楽しめるような中身・企画は少ないのが現状だ。だからこそ、この自由な舞台の上に新しい風を吹き込みたい。その思いを共有できる仲間(先輩ばかりだが…)に出会えたことは大きな財産だ。

稲門YOUTH23
http://youth23.waseda-info.com/

稲門YOUTH23 掲示板
http://8817.teacup.com/youth23/bbs
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